2009年8月

ウォーレン・バフェット

投資の神と称されたウォーレン・バフェット(Warren Buffett)の一時間の話を聞けば、十年間の勉強より効果があると言われているように、バフェットの話を聞くために大金を尽くした人が少なくない。毎年オマハで開催されるバークジャー・ハサウェイの年次株主総会に、バフェットの話を聞くために世界各地から数万人が集まる。もっとバフェットと個人的な話をしたいならば、バフェットと食事をするチャンスを大金出してオックションで入札する方法がある。
2009年のバフェット昼食慈善活動オークションは21日eBayで始まった。入札の開始価格は2万5000ドル。入札を開始したばかりの1時間で、入札価格はすでに2万5400ドルまで増加して、現在のところですでに3万ドルを上回った。去年のこのオックションは211万ドルの予想外の高で落札したが、今年の経済情勢を考えると、去年のレベルに達しにくいこと予測している。オークションは米国東部サマー・タイムの26日夜で終了して、競売を勝ち取った者はバフェットとニューヨーク市にあるステーキレストランで昼食を共にすることができる以外に、7人の友達を連れて、いっしょに食事会に出席することもできる。
バフェットさんは2000年から毎年彼と一回昼食をする機会をオックションにして、オックションによって得た収入はアメリカの慈善機関Glide Foundationに寄付して、サンフランシスコ地区の貧乏人と浮浪者を助けることに用いる。この競売は2003年からネット上でオークションを始まった。競売の責任者Glide Foundationの関係者は、今年も多くの人はバフェットと共に食事をすることについて濃厚な興味を示して、少しも低迷した世界の経済情勢の影響を受けていなくて、特に中国人は今回の競売に強烈な興味を表したと話した。2006年と2008年バフェットと食事をするチャンスを獲得した段永平と趙丹陽はすべて中国人である。


パイロットの低収入状況

今年2月12日ニューヨーク州ファロ近くに墜落した米国Colgan Air航空の短距離飛行機の副機長の年俸は1.6万ドルだけで、このニュースを知ったアメリカ国会は極度に驚かせた。給料が高くて格好が良いパイロットは多くの人が憧れている職業だが、その数字は多くの人の夢を打ち破った。
実際には、アメリカの地方航空会社のパイロットの低収入状況はすでに数十年間を続けて、さらに航空業界の財政難によって、いっそうパイロットの給料を抑えた。そのために、地方の航空会社に勤めるパイロットが求めるものは現金ではなくて、経験である。彼らはじっくり飛行操縦時間を蓄積して、1歩1歩報酬のわりに高い機長などの職務まで昇り、そして大きい航空会社で職を求めることが望んでいる。これは、この業界の運営方式である。しかし、大きい航空会社が解雇したパイロットは雇用する人数が多くて、地方の航空会社のパイロットが資格と経歴を蓄積して大きい航空会社に入っても、最後的に高収得を得ることがますます難しくなった。例えば、昔大型国際フライトの機長は毎月何回だけ飛行すれば、毎年30万ドルぐらい儲けるが、経済危機の圧力はこの金の卵を生む鳥を扼殺した。今、US Airwaysのパイロット一年目の年俸は21,600ドル。それを稼ぐために、彼らは毎月72時間以上の飛行をしなければならない。また、これより多い時間が飛行準備、夜勤と待命などに使う。US Airwaysはずっとパイロットを招聘していないので、決して1年目、2年目という区別が存在してない。これは契約が定めた最低の給料である。わりに給料が高いSouthwest航空のパイロット1年目の最低賃金は49,572ドル。他の航空会社に比べて、Southwest航空が招いたパイロットの経験はより豊富で、申請者は数千時間の飛行記録があると求めた。平均的に大規模の航空会社の初任給は36,283ドルで、およそ地方の航空会社のパイロットの初任給の2倍。しかし、この給料は高中級専門技術を持っている人にとっては依然として低すぎだ。パイロット達は予想している最低賃金が165,278ドルだった。パイロットは外見が格好いい職業と見られているが、実際には厳しい職業だ。


イメルダ・マルコス

イメルダ・マルコスはフィリピン共和国第10代目大統領フェルディナント・マルコスの夫人である。彼女は単なる大統領夫人だけではなくて、独裁者として君臨した夫の権威を借りて、積極的に国政にも介入して、夫が体調不良の時、政務を取り仕切って、バターン原子力発電所建設と称して、意図的にずさんなプロジェクトなどで汚職を繰り返した。また、夫のフェルディナント・マルコスはフィリピン経済を伝統的に支配した華僑などの財産を没収して、貧しい人たちに与えると称する改革を行なったが、実際にはマルコスの一族はその財産を奪い取っただけだ。この夫婦は在位の20年間で、およそ100億ドルの国家財産を横領したと伝えている。そのため、国民の反発を買い、1986年に人民革命を爆発して、マルコス夫婦を追い出した。1989年夫のフェルディナント・マルコスが死去。未亡人のイメルダ・マルコスは、来月2日で80歳の誕生日になる。このかつて3000足の外国製靴、500着のブラジャーと数え切れないほどの香水を持つファーストレディーは、22カラートのダイヤモンド指輪を指に嵌めながら、"私はとても貧しい。"と話していた。
彼ら在位期間にフィリピンの民衆たちは苦難に満ちた生活に陥って、マルコス夫妻は贅沢な生活を尽くしたのに、イメルダは少しも後悔していなくて、彼女は:"私は最も美しいものがフィリピンに捧げたため、控訴される理由がない。夫の罪を受け継ぐ人がいない。"と話した。
人民革命後、失脚したマルコス夫妻は1986年にハワイに亡命して、夫は1989年亡くなり、2年後イメルダは帰国を許可されて、彼女は900以上の民事と刑事の罪を訴えられたが、一度も入獄したことがない。先週、彼女はマスコミをマニラの別荘に招待して、時には自分がとても忙しいと言って、どの真珠や宝石をスカートに一番合うとしゃべりながら、しばらくして自分がもうすぐ破産すると言って、海外で目の検査をするために、夫の年金を持って自分を保釈するつもりがあると言った。
贅沢な別荘に住んでいて、高級なダイヤモンド指輪をして、自分が貧しいと言える人はこのイメルダ夫人しかいない。



Page: 1
TOPPAGE  TOP 
バナー見本